人に化けたタヌキなのでできないことがあっても許してね、という気持ちで生きている。でもこの自己認識は、ちょっとかわい子ぶってるし、現実の私はもうちょっと害がある生きもんだとも思う。
この間、介護の仕事終わりにドラッグストアに行って牛乳と食パンを買った。レジに行ったら店員さんに「袋はお持ちですか?」と聞かれて固まってしまった。何を聞かれているかわからなかったのだ。
私はその時リュックを背負っていたが、エコバックや手提げバックは持っていなかった。リュックは「袋」に含まれるだろうか? でもそもそも私は買った牛乳と食パンはバイクのカゴに放り込んで帰ろうと思っていて、リュックも「袋」として使うつもりはなかった。だから「持っているか」の返事は「いいえ」だ。でもここで「いいえ」と言ったらレジ袋が欲しいという意味に取られるのではないだろうか。
というか、そもそも店員さんは、私が買ったものをエコバッグに入れるのか、リュックに入れるのか、バイクのカゴに入れるのか、はたまた手に持って帰るのかなんてことはどうでもいいはずだ。店員さんが知りたいのは私がレジ袋が必要か否かなのだから。だけどもし私がここで「袋は持っていませんが、袋はいりません」と答えたら、嫌味っぽく「あなたの質問の仕方はおかしいですよ、本当は袋がいるかどうかが知りたいんですよね、正しく答えてあげますね」と訂正していることになる気もする。それって感じが悪いんじゃないかな。
フリーズしたままそんなことを考えること2秒くらい。長い。長すぎる。店員さんからしたらそっちの方がよっぽど感じが悪い。質問にも答えず、真顔でじっと見つめてくる客なんて嫌すぎる。しかも、私は真顔でいると周りから怒っていると思われるタイプの顔立ちをしている。「袋……」と店員さんがもう一度言いかけ、ああ、やばいやばいと思って「袋はいりません」と嫌にハキハキと答えてしまう。申し訳ない。怒ってるわけでも感じ悪くしたかったわけでもなく、ただ、どう答えればいいのかわからなかっただけなんです。でも、悪意がないことを示すために今ここに書いたことをつらつらと早口でまくしたてられても店員さんは困ると思う。とりあえず大慌てでその場を去った。
あの店員さんがこのブログの文章を読むことはないと思うけど、この場を借りてお詫びします。
とはいえ以前の私は、「本来店員さんが知りたい情報をちゃんと質問してこないのは、接客として良くないので私のせいじゃない」くらいの感覚を持っていたように思う。
最近の私は、私のその気持ちは筋が通っているかもしれないが、別に正しくはないな、と思っている。私にとってその店員さんの質問は、質問への回答に迷ってしまう厄介な質問だ。だけど「厄介な質問だ」からオブラートを剥ぎ取ると出てくるのは「私が支払うコミュニケーションのコストを増やさないでほしい」という思いだ。でも、見方を変えれば、日頃のやり取りにおいてそこまで厳密なやり取りを迫られること自体がストレスだ、という人だっているはずだ。
ちょっと話は逸れるけど、私はメールを書くのが死ぬほど苦手だ。遅い。最近になって、コミュニケーションにおいて自分に課している(という自覚すらない)独自のルールが多すぎるのだと気がついた。7、8割伝わればいいからざっくりと送る、ということができなくて何度も推敲してしまったり、あるいは相手の質問の意図を正しく汲み取ろうとして、メールを何回も何回も読み込んだりもする。
ただこれは、残念ながら私がコミュニケーションにおいて誠実であるということではない。そんな厳密さはいらないからすぐに返信がほしいというタイプの人もいるだろうし、厳密さにコミュニケーションのコストを割くくらいだったら話が噛み合わないときだけちゃんと確認する方が楽という人だっている。厳密さを求めることによって固くなってしまった言い回しでは本来の意図が伝わらないということだってある。メタコミュニケーションを舐めてはいけない。
くだんのドラッグストアの店員さんはマニュアルに従っただけなのかもしれないし、ニュアンスが伝われば大丈夫と思っているのかもしれないし、特に何も思ってないのかもしれない。あるいは何を聞くのか忘れてしまって咄嗟に出てきた一言だったのかもしれない。もしそうなのだとすれば、「袋はお持ちですか?」という質問は、「何を聞くんだっけ……」と黙りこくっているよりは100倍良い接客だ。
そういうことが、この5年くらいでやっとわかってきた。自分に課している(とわかってきた)ルールをすべて手放すことは、自分にとってストレスフルすぎるのでやらないけど、他の人がそのように振る舞っていなくてもそれはそれ。他の人を怖がらせないように「真顔で」フリーズするようなことは避けたい。かわいいタヌキにしては怖すぎるので。
さて、この文章を書き上げたので仕事に戻ろうと思って、仕切り直しも兼ねてキッチンに行ってチャイを作った。お気に入りのマグカップを取りに作業用のデスクに戻ったら、カップには並々と紅茶が入っていた。そういえば、15分前くらいにも仕切り直しを兼ねて紅茶を入れたんだったな、という事実が突然ふってきてびっくりした。それもこれも人間に化けているのに耳が出ているタヌキ……に擬態した人間なので許してほしい。紅茶とチャイを飲んでお腹がチャポチャポになった。
3月20日追記
この記事を読んでくれた友だちに、「袋、お持ちですか?」と聞かれたら 「袋(持ってないけど要らないから買わなくて)大丈夫です」って答えたらいいよって教えてもらった。微妙にずれている質問に対する微妙にずれている返しで、その「微妙さを許容しますよ」というメタなコミュニケーションも含めて、一周回ってきれいに噛み合っていてすごく面白かった。