ふざけた黒猫

VGプラス(Kaguya)の井上彼方といいます。

猫と暮らし、ぬいぐるみと喋る

 明け方に一度目が覚める。曖昧な意識の中で、足元に猫がいるのを感じる。踏み潰さないようにそっと足の位置を動かしながら寝返りをうつ。ああ、失敗した。起こされて不快だったのか、猫がもそもそと上にあがってきた。もう少しそばにいてほしくて、頭を撫でて引き止めてみる。だが猫は布団から出て行ってしまった。寂しさで気持ちはキュッとなるが、私の意識は遠のいていく。

 目覚ましがなっている。アラームを止める。頭がオンを切り替わるのを待ちながら、布団にくるまって寝ている間に来たメッセージを確認する。ふしふしと鼻息をたてる音が聞こえて、布団から顔を出す。そっと布団を持ち上げ、猫を招き入れる。

 私の腕にアゴを乗せている猫は、ごろごろ言いながら目をパッチリ開けている。しばらく一緒にダラダラするけど、寝はしないつもりなのだろう。私は今、起きようと思ったんだけどね。まあ、あと五分くらいは横になっていても大丈夫。案の定猫は、数分後には立ち上がって布団を出て行った。

 

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 ぬいぐるみと喋る。ぬいぐるみも喋る。喋るといっても色々。ぶつぶつと声に出して喋ることもあるし、頭の中で喋ることもある。ぬいぐるみたちは時折、私が思ってもないことを言う。

 カモノハシのぬいぐるみココ・キウイ氏は、兄がオーストラリアから連れて帰ってきてくれた。うちに来てすぐのココ氏は、自分のことをキーウィだと思っていた。「あなたはカモノハシだと思う」と言ってうちにいる他のカモノハシのぬいぐるみと引き合わせたところ、大変ショックを受けてしばらく口を聞いてくれなくなった。悪いことをしたなと思った。

 ちなみにココ氏はそれからしばらくして、自分はキーウィでもありカモノハシでもあるという結論に達して、今は幸せに暮らしている。

 

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 二人がけのソファに寝転んで本を読む。背中にはいい感じにクッションをあてて、少しだけ体を起こす。

 黒猫が来た。めざといね。黒猫は私のお腹を少しだけ掘り掘りして、二、三回体の向きを変え、むにゃむにゃと少し文句を言いながら身体を落ち着けた。ポイントは背中にクッションをあてて「少し体を起こす」こと。そうしたら高確率でお腹の上で落ち着いてくれることを私は知っている。軽くてふわふわであったかい黒猫がお腹の上にいることが嬉しくて、多幸感に包まれたまま、そのままソファで寝てしまう。しばらくすると、狭いソファの上では伸ばせない足がしんどくなってくる。だんだんと腰も痛くなってきて、体をもぞもぞと動かす。途端に黒猫はプイと行ってしまった。

 起き上がって仕事に戻る。

 

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 ココ・キウイ氏が、自分をカモノハシでありキーウィでもあるという結論に達したのは、いきもにあというイベントに遊びに行ったことがきっかけだ。いきもにあは、物販や展示、講演会など様々角度から生き物を知り、楽しむイベントだ。手作りのグッズやぬいぐるみを作っている作家さんが多数出店していて、生き物好きにはたまらない。

 自分はキーウィだと思っていたのにカモノハシだと指摘されて混乱に陥ったココ氏は、この生き物の祭典に行ったら自分のアイデンティティについて何かヒントが得られるのではないかと考え、ブース巡りに連れて行ってほしいと私に頼んできた。複数の出店者から「かわいいカモノハシですね」などと声をかけてもらいながら二人でブースをうろうろした。そして見つけたのだ。卵型の体にクチバシや足のついたキーウィのキーホルダーを。

 ココ氏はこれを見て、自分はカモノハシでありキーウィであるという、私には想像もつかなかった結論に至った。というのは、私の家には卵型の体にクチバシと手足、尻尾のついたカモノハシのぬいぐるみがいるのだが、この卵型のカモノハシと卵型のキーウィが似ていたのだ。それを見て、ココ氏はカモノハシとキーウィは実はとても近しい(あるいは同じ)生き物なのではないかという結論に至った。

 ちょっと意味がよくわからないなあと思う人もいると思う。まあ、私もココ氏からこの話を聞いたときはよくわからないなと思った。よくわからないなりに解釈すると、ぬいぐるみには、「デフォルメされる」という特徴があるため、ぬいぐるみ的アイデンティティは生物学の分類とは異なるあり方があるということなのではないかと思っている。

 

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 Zoomのインタビューが始まったとたん、猫たちがソファの周りで鬼ごっこを始めた。さっきまで寝ていたじゃないか。二匹が立て続けにキーボードの上を駆け抜けていき、私は思わず悲鳴をあげる。インタビューの相手から「かわいい猫たちですね」と言われ、そうなんですよね、と思う。世界で一番かわいいんですよ、と思う。思うけど、口では「邪魔してしまってすみません」と言う。

 インタビューが終わりZoomを閉じてパソコンをたたむ。すかさず猫が遊ぼうよと声をかけてきた。よく見ているなと思う。遊んでもらいやすいタイミングがいつなのかよく知っている。だけど私が作業に集中しているときやピリピリしているときに遊んで欲しくて飛びかかってくることもある。わかってないなと思う。「他者」だなと思う。それが少し心地よくもある。